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0章|薔薇色(ばらいろ)へようこそ──色としての魅力と言葉としての物語
薔薇色(ばらいろ)。
この色には、ふたつの顔があります。
ひとつは、深い赤にわずかな青みを含んだ上品なピンクとしての「色名」。
もうひとつは、“薔薇色の人生”という前向きな言葉としての「比喩」。
同じ“薔薇色”でも、色としての印象と言葉としての意味は、
育ってきた文化のルートがまったく別なのが面白いところです。
まずは色としての薔薇色から見ていきましょう。
紅ほど強くない、桃ほど軽くない──
気品と華やかさが同居する赤みピンク。
そこが、薔薇色という色名の核になります。
そして後半では、
「なぜ薔薇色が“明るい未来”を表す言葉になったのか?」
という歴史的な物語にも触れていきます。
色の美しさと、言葉の文化がひとつになった稀有な色──
それが、薔薇色です。
1章|薔薇色の特徴──“紅”と“桃”のあいだにある古典的な赤みピンク
薔薇色は、一言でいえば
「深みのある赤に、ほんの少し青みを含ませた上品なピンク」 です。
現代の“ピンク”よりも落ち着きがあり、
紅色の力強さよりも柔らかく、
桃色の軽さよりも深い。
その中間にふわりと収まるのが、薔薇色の個性です。
ではここから、赤系の中での立ち位置を細かく見ていきます。
薔薇色の立ち位置(赤系の中での分類)
赤の中にも幅があります。
-
紅色(べにいろ):強く鮮烈、深い赤
-
桃色(ももいろ):軽やかで明るいピンク
-
薔薇色:その中間にある“やや青みの赤”
薔薇色は、
紅の「力」と桃色の「軽さ」のちょうど中間。
だからこそ、クラシックな品を保ちながらも華やかな表情を見せます。
近い色との違い
● 紅色との違い
紅は力強く、はっきりとした赤。
対して薔薇色は青みが入り、やや柔らかく見えます。
● 桃色との違い
桃色は軽快で明るい。
薔薇色は深みを含み、落ち着きがあるのが特徴です。
● ローズピンクとの違い
ローズピンクは現代的で鮮やかなピンク。
薔薇色はもっと“和寄り”で静かな表情を持ちます。
光学的な特徴(波長と反射)
薔薇色の印象をつくっているのは、
赤(R)を主体にしつつ、青(B)がほんの少しだけ混ざるという反射特性です。
赤系の色は一般に、
およそ600nm前後の長波長をよく反射します。
薔薇色もこの“赤の山”をしっかり持ちながら、
-
青紫寄りの短波長がわずかに加わり
-
黄色成分(G)は控えめ
というバランスをとっています。
この微妙な混ざり方によって、
「深いのに暗くならない」「上品な赤みピンク」 が成立します。
赤だけが強いと“濃い赤”に、
青が強すぎると“マゼンタ寄り”に傾く。
そのどちらにも転ばず、両者のちょうど中間でふわりと調和する──
それが薔薇色の光学的な魅力です。
2章|薔薇色の歴史──植物名ではなく、“近代に輸入されて成立した色名”
薔薇色という言葉は、
「バラ」という植物そのものが古代から存在していたにもかかわらず、
色名としては意外なほど新しい という特徴があります。
つまり、
植物 → 色名 という順番ではなく、
西洋文化 → 翻訳語としての色名
という流れで日本語に入ってきた色なのです。
ここでは、その成立のタイミングと背景を整理します。
古代日本には“薔薇色”という色名は存在しなかった
万葉集や源氏物語といった古典文学を見ても、
「薔薇色」という表現は一度も登場しません。
理由はシンプルで、
-
古代の日本における“バラ”は現在の品種とは違い
-
花の色や形も多様ではなく
-
何より“色名としての社会的ニーズがなかった”
からです。
当時の色名は、紫・紅・朱など
官位・儀礼・染色技術を起点に体系化されていました。
「バラを象徴する色」という文化は生まれにくかった、
というわけです。
(※源氏物語などに登場する「薔薇」は、現代のバラとは別の蔓花を指す古い植物名)
明治期、西洋由来の色名として一気に普及
薔薇色は、
明治時代に“rose color”の翻訳として登場 します。
西洋化が進む中で、
-
ファッション用語
-
化粧品広告
-
婦人雑誌
-
翻訳文学
こうした媒体が一斉に“rose color(ローズカラー)”を紹介し、
その訳語として「薔薇色」が採用されました。
ここで初めて、
薔薇=華やか・欧風・幸福感
というイメージが色名に乗るようになります。
大正〜昭和の女性文化で一気に“ロマンチックな色”へ
日本語の“薔薇色”が広く浸透したのは、
大正ロマンから昭和初期にかけて。
理由はこの3つ。
-
婦人雑誌が“欧風の華やかさ”の象徴として多用
-
化粧品ブランドが“上品な赤み”を「薔薇色」と名付ける
-
翻訳文学が“薔薇色の人生”という比喩を広めた
つまり、
メディアと広告と言語文化が一気に“薔薇色”をロマンチックな色として定着させた のです。
この時期、
日本の若い女性たちにとって“薔薇色”は
「少し背伸びした大人の色」
として受け止められていました。
3章|言葉としての“薔薇色”──なぜ「明るい未来」を意味するようになったのか
薔薇色には、色名としての顔とは別に、
「薔薇色の人生」=明るい未来・幸福な状態
という“言葉としての力”があります。
この比喩は、色彩の特徴だけでは説明できません。
歴史・文化・翻訳・広告──
複数の要因が重なって、日本語に定着しました。
ここでは、その背景を3つの起点からひも解きます。
① フランス語の比喩 “La vie en rose” が日本語に入ってきた
「La vie en rose(ラ・ヴィ・アン・ローズ)」
=“バラ色の人生”
18〜19世紀のフランスで生まれたこの表現は、
“世界が美しく見える幸福な状態” を指す比喩でした。
のちにエディット・ピアフの名曲で世界に拡散し、
日本でも翻訳文学や映画を通じて広がります。
つまり、日本語の「薔薇色の人生」は、
フランス文化から輸入された“幸福の比喩”だった
というのが出発点です。
② 西洋文化で“バラ=繁栄・幸福・愛”の象徴だった
西洋世界では、古代からバラは特別な花。
-
宗教画では「愛・慈悲」の象徴
-
王や貴族の紋章として隆盛
-
文学では“若さ・繁栄・理想の恋”
-
現代ではバレンタイン文化の基軸
ここから、西洋の色彩文化では
“バラ色=幸福の象徴”
という価値観が強く育ちました。
日本語の「薔薇色」も、この象徴性をほぼそのまま受け継いでいます。
③ 明治〜昭和の日本語に“幸福の色の比喩”が少なかったため
当時の日本語には、
色を使った比喩が多く存在しました。
-
黒 → 不吉・停滞
-
白 → 清らか・無垢
-
赤 → 情念・危険
-
青 → 若さ・未熟
-
紫 → 高貴・格式
このように「感情」「身分」「状態」を示す色語は豊富でしたが、
未来の幸福そのものを象徴する色比喩は意外なほど見当たりませんでした。
(黄色や金色が“吉兆・豊かさ”を表すことはあっても、
“明るい未来”を意味するまでには至らなかったのです。)
そこへ西洋由来の「バラ色の人生」が入ってきたことで──
日本語の“空白地帯”にピタッとはまった。
婦人雑誌・広告コピー・翻訳文学が競うように用いはじめ、
昭和には完全に定着していきました。
まとめると──“薔薇色”は色名と比喩が合体した稀有な日本語
-
色としては「深く上品な赤みピンク」
-
言葉としては「幸福・希望・未来」
この2つが文化の流れの中でゆっくり合体し、
いまの“薔薇色”という特別な語感が生まれました。
4章|日本の“薔薇”がつくった独自のニュアンス──和バラとローズカラーのズレ
薔薇色という言葉は、西洋から入ってきた翻訳語ですが、
日本に定着した「薔薇色のイメージ」は、
日本の“バラの実物”が持つ色味と文化の影響を強く受けています。
西洋の rose color(ローズカラー)をそのままコピーしたわけではない。
ここが、薔薇色の面白いところです。
和バラ由来の“落ち着いた赤”のイメージが混ざった
明治〜昭和期、日本で身近に咲いていた“和バラ”は、
現代の鮮やかな品種とは異なり、
-
深紅〜赤紫系
-
彩度はやや控えめ
-
柔らかい赤み
こうした落ち着いた色が主流でした。
そのため、日本で“薔薇色”と言うと、
鮮やかなピンクより、少し陰影のある赤みピンク
というイメージが自然に生まれていきます。
同時期の化粧品・服飾雑誌でも、
薔薇色=「華やかすぎない赤」「上品なピンク」
として扱われていました。
西洋ローズカラーとのズレが“日本の薔薇色”を個性的にした
西洋の rose color(ローズカラー)は本来、
-
ビビッド
-
明るい
-
青みの強いマゼンタ寄り
という、かなり鮮烈な色域を指します。
一方、日本語の“薔薇色”は、
-
彩度が低め
-
赤と桃の中間
-
大人びた雰囲気
という、控えめで和寄りの色味へ変化しました。
このズレは、翻訳語が日本文化に適応していく際に生まれた“意味の変調”です。
つまり、日本の薔薇色は「翻訳」+「和文化」が融合した色
-
翻訳語として輸入(rose color)
-
和バラの色味が上書き
-
化粧品・雑誌がイメージを固定
-
“日本の薔薇色”として独自進化
こうして、
西洋のローズカラーとは異なる、日本独自の薔薇色が成立した。
この文化的な差異が、
薔薇色をただのピンクとは違う“品のある色”として残しているのです。
5章|現代の薔薇色──ファッション・デザイン・コスメでの使われ方
薔薇色は、明治〜昭和のロマンチックな空気を残しながらも、
現代のデザイン・ファッションでも“特別なピンク”として活躍しています。
とはいえ、現代的なローズピンクやビビッドなマゼンタとは違い、
どこか落ち着きがあり、柔らかく、上質。
ここでは「いまの薔薇色」がどのように使われているのか整理していきます。
ファッション──“華やかすぎない赤”としての役割
薔薇色は、赤ほど強くなく、
ピンクほど甘すぎない絶妙な位置にあるため、
-
ニット
-
ワンピース
-
スカート
-
マフラー
-
和装小物
など、幅広いアイテムで採用されます。
特徴は、
着る人に“品のある華やぎ”を与える色であること。
赤の主張とピンクの可憐さ、その中間にあるため、
“派手すぎない主役色”として扱いやすいのです。
コスメ──ローズ系カラーの基礎となる色味
化粧品の世界では、“ローズ系”という大きなカテゴリーがあります。
-
リップ
-
チーク
-
ネイル
-
アイシャドウ
これらの「ローズ色」の中でも、
柔らかな赤みと青みのバランスを持つものが
薔薇色の系統に位置づけられます。
“顔色がよく見えるピンク”として人気が高く、
年代を問わず使いやすいことが強みです。
デザイン──甘さを抑えた上質ピンクとして重宝される
グラフィックやプロダクトデザインの分野では、
薔薇色は“高級感のあるピンク”として利用されます。
-
フレグランス・化粧品パッケージ
-
ギフト・ラッピング
-
ブライダル関連
-
ブランドロゴのアクセント
-
春のシーズングラフィック
特に、女性向けでありながら過度に甘くしたくない
という場面で薔薇色が選ばれます。
彩度を少し落とした赤みピンクは、
“クラシックな幸福感”を演出するのに向いている色なのです。
6章|薔薇色の色コード(参考値)──“和の薔薇色”を近似する代表的レンジ
和色の「薔薇色」は、明確なひとつの数値が存在するわけではありません。
歴史的に、その時代の染料・媒体・印刷方法によって
色域そのものがゆるやかに揺れ動いてきた色名だからです。
そのため、ここでは
“薔薇色と呼ばれることの多いレンジ” を代表値として示します。
実際の薔薇色デザイン・印刷物を再現するときの
ひとつの基準として利用できます。
代表的なHEX(16進数)
#E54870 〜 #D63D78
(深い赤みピンク〜やや青み寄りの落ち着いたローズ)
代表的なRGB値
-
R:220〜230
-
G:60〜95
-
B:110〜135
赤が強く、青が少し入り、
緑成分が控えめ──
薔薇色特有の“和の落ち着き”が生まれる配分です。
代表的なCMYK
-
C:0
-
M:70〜80
-
Y:20〜35
-
K:0
印刷の世界では、
彩度の高いローズピンク(M寄り)でもなく、
朱寄りの赤(Y寄り)でもなく、
MとYの中間で少しだけ青方向に寄った位置が
「薔薇色らしさ」をつくります。
このレンジが“薔薇色らしい”理由
-
赤(R or M)の主張がしっかりある
-
青(B)が控えめに混ざり、深さと気品が出る
-
黄(Y)が少なめなので“軽くならない”
-
だからこそ、甘さよりも“上品さ”が残る
西洋のローズカラーほどビビッドではなく、
日本独自の“控えめで上質なピンク”の範囲に収まっています。
7章|まとめ──薔薇色は、色と感情がひとつになった“特別な色名”
薔薇色(ばらいろ)は、
他の和色とは少し違う成り立ちを持っています。
まず 色としての薔薇色 は、
紅ほど強くなく、桃ほど軽くない、
深みと華やぎを同時に宿した赤みピンク。
赤の持つ生命力と、青みのもつ上品さが重なり、
「派手ではないのに華がある」という
独特の表情をつくり出します。
そしてもうひとつの顔──
言葉としての薔薇色。
「薔薇色の人生」という表現が示すように、
薔薇色は日本語の中で
“幸福”“希望”“前向きな未来”
と結びついた、きわめて珍しい色名です。
それが生まれた背景には、
-
フランス語 “La vie en rose” の輸入、
-
西洋文化での“バラ=幸福”という象徴性、
-
明治〜昭和の日本語にあった比喩の空白、
こうした複数の文化的流れが折り重なっています。
つまり、薔薇色は
色の美しさと、言葉の文化がひとつになって完成した色。
他の色名にはあまり見られない、
“感情が宿った色” といえるでしょう。
あなたが次に「薔薇色」という言葉に触れたとき、
そこには 色そのものの魅力と、
幸せを願う文化の物語が静かに重なっている
ということを、ふと思い出してみてください。
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