そろばんの起源と歴史──人類最古のアナログ計算機「アバカス」とは?

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このブログはブログシリーズ「数と計算の進化」③です。 前の記事はこちらから▶②ゼロは誰が発明した?位置記数法と“0”が世界を変えた数学革命の物語


第0章|導入:そろばんって、いったい何者?


指で足りなければ、玉を動かせばいい。

「そろばん」と聞くと、学校教育や商工会議所の検定を思い浮かべる方も多いでしょう。
でも、その正体は“勉強道具”にとどまりません。

そろばんは、人類が生み出した最も古いタイプのアナログ計算機のひとつなのです。


数字を“動かす”という発想のはじまり

数字の歴史をたどると、人類はまず「数を記号にする」ことから始めました。
メソポタミアの粘土板、インドのゼロと位置記数法──
それらは“数を記録する”技術でした。

けれど、そろばんはそこから一歩進んでいます。
そろばんは、数を“操作する”ための道具だったのです。

指で数える限界を超え、
玉を動かすことで、足し算・引き算・掛け算・割り算をこなす。
目と手を使って、数を整理し、記憶し、導き出す。

そろばんは、単なる計算補助具ではなく、
“思考を外に取り出して操作する”装置だったのです。


計算は「考える」から「手を動かす」へ

そろばんの登場によって、計算という行為はこう変わりました。

  • 「頭の中で処理する」から「手で整理する」へ

  • 「記憶に頼る」から「視覚と触覚で確認する」へ

  • 「個人の脳力」から「誰でも使える技術」へ

つまり、計算は身体を使って考える行為に変わったのです。

人間の知的活動が「抽象思考」から「身体的操作」へと拡張された──
それこそが、そろばんが生んだ最大の革新でした。


道具が“知能”を支えるという発想

現代の電卓やコンピュータと比べると、
そろばんはずいぶん素朴に見えるかもしれません。

しかし、その根底には共通する考え方があります。
それは、道具が人間の知能を支えるという発想です。

数を指先で扱いながら、
頭の中の論理を“外に出して整理する”──
そろばんはその最初の成功例と言えるでしょう。

まさに、**「知能のアウトソーシング」**が始まった瞬間だったのです。


第1章|アバカスの起源──バビロニア・中国・ローマ


そろばんは、どこで生まれたのか?

「そろばん」と聞くと日本固有の道具のように思えますが、
その原型は世界のさまざまな文明で独自に生まれていました。

英語では “abacus(アバカス)” と呼ばれ、
古代メソポタミアからローマ、中国、ギリシャ、さらには日本へと、
地域ごとに形を変えながら発展していきます。

その起源をたどると、最初の姿は驚くほど素朴です。

「線を引いた砂の上に、小石を並べる」
──それが“計算機”のはじまりでした。


バビロニアの砂盤──“見える計算”のはじまり

紀元前2000年頃のメソポタミアでは、
地面や板に線を引き、小石を置いて数を表す「砂盤(dust board)」が使われていたと考えられています。
確実な形状は残っていませんが、粘土板や遺物の研究からその存在が推定されています。

この方法により、人々は次のような新しい“計算体験”を得ました。

  • 指で数えきれない量を扱える

  • 計算の途中経過を目で確認できる

  • 結果を複数人で共有し、検算できる

これは、記憶に頼らずに「思考を外に出す」仕組みの始まりでした。
いわば、“目に見える計算”という発明だったのです。


中国の「算盤」──珠による構造化の発明

中国では、紀元前の戦国〜漢代にかけて、
棒や珠を使った計算法が発展していきました。

唐〜宋(7〜13世紀)には、現在の形に近い「算盤(スワンパン)」が登場し、
商業や官僚制度の中で急速に広まりました。

その特徴は次の通りです。

  • 縦棒に通された珠を上下に動かす構造

  • 上珠(5)と下珠(1)で十進法を表現

  • 足し算・引き算・掛け算・割り算を物理的に処理

珠を動かす動作そのものが計算手順を示す──
視覚・触覚・論理が融合した計算装置として完成度が高く、
「そろばん」として日本に伝わったのも、この形式でした。


ローマのアバカス──溝と石の携帯型計算機

一方、古代ローマでも「アバカス(abacus)」と呼ばれる板状の計算器が使われていました。
木や青銅の板に細い溝を彫り、その中に小さな石や金属球を滑らせて使います。

  • 溝の位置で位取り(桁)を表現

  • 石の配置で数値を視覚化

  • 繰り上がり・繰り下がりを実際に動かして処理

この携帯型アバカスは、商人や税務官に重宝され、
**“持ち運べる計算機”**として当時の商業を支えました。

ただし、ローマ数字自体には「0(ゼロ)」がなかったため、
桁の管理や抽象的な計算には限界がありました。
それでも、**「数を位置と動作で表す」**という発想は共通していました。


世界に広がる“数を動かす”という直感

興味深いのは、これらの道具が文化も言語も異なる地域で、
ほぼ同時期に類似の発想へたどり着いている点です。

つまり、人類にとって「数は動かして理解するもの」という感覚は、
自然に生まれた“知の直感”だったのかもしれません。

数を書く文明がある一方で、
数を操作する文明もあった──。
そろばん(アバカス)は、まさにその両者をつなぐ橋渡しの道具でした。


次章では、こうしたアバカスがどのように
「数を置くだけ」から「計算を実行する」道具へと進化していったのかを見ていきます。


第2章|数える → 操作する──計算は「手を動かす行為」になった


現代では「計算」といえば、頭の中や電卓の中で行うものを思い浮かべます。
けれど、古代の人々にとって計算とは、“数を並べて動かす”行為そのものでした。

アバカスやそろばんが登場したことで、
「考える」ことと「手を動かすこと」は切り離せない関係になっていったのです。


指の限界を超える──外に出された“記憶”としてのそろばん

人間が指を使って数えられる範囲は、せいぜい10本の指と、場合によっては20まで。
それ以上の数量を扱うためには、記憶を助ける補助具が必要になりました。

その解決策が「アバカス」や「そろばん」でした。

各桁を物理的に分け、珠を動かすことで数を表現する。
玉の位置は、単なる記号ではなく、**計算途中の“記憶の置き場”**にもなっていました。

つまりそろばんは、数を覚えるのではなく、
**“見える場所に置いておく”**ための道具だったのです。


思考を“外に出す”道具──そろばんは「数の記憶」を預ける場所だった

そろばんの最大の特徴は、計算の過程を視覚的に追える点です。

  • 今どの桁を操作しているか

  • どのくらい繰り上がったか

  • 最終的にいくつ残ったか

これらを、頭の中だけでなく、目で見て確認できるようになりました。

これはまさに、思考を“外に出す”という発想です。
頭の中だけで考えるのではなく、目で見える形にして整理する。
この考え方は、後に心理学者ドナルド・ノーマンが「外部記憶(external memory)」と呼んだ仕組みにも通じます。

人はメモ帳に書いたり、カレンダーに予定を残したりして、
“覚える”負担を外に預けますよね。
そろばんもそれと同じで、「数の記憶」を外に置く装置でした。
頭の中で覚えるのではなく、指で動かして、目で確認する。
だからこそ、そろばんは“見える思考”を可能にした最初の道具だったのです。


“抽象”から“身体”へ──思考と動作がつながる瞬間

そろばんの操作には、頭だけでなく体の訓練も必要です。

珠の弾き方、指の順序、繰り上げや繰り下げのタイミング──
それらは、何度も練習して「身体で覚える」ものでした。

つまり、計算は知識ではなく技術へと変わっていったのです。

人は、珠を動かしながら考え、
考えながら指を動かす。

そこには、知的活動と身体的動作の境界がなくなった、
**“思考の身体化”**とも呼べる現象がありました。


道具が思考を支える──そろばんの文化的意義

そろばんは単に計算を速くするための器具ではなく、
人間の「考える仕組み」を外に拡張する道具でした。

数を動かすという行為を通じて、
人は抽象的な数量を**“触れる対象”**として理解できるようになったのです。

この発想は、後の科学・数学・コンピュータの思想にも通じます。
思考を外に出して整理する──
そろばんはその原点を体現した、人類最古の「インターフェース」だったのかもしれません。


次章では、そろばんが単なる道具から“技術”へと発展し、
教育・商業・職業技能の中で受け継がれていく過程を見ていきます。


第3章|そろばんが生んだスキルと職業──計算力は“社会の武器”だった


計算が“職業スキル”になった時代

いまでは、電卓やスマートフォンで誰でも簡単に計算できます。
しかし、かつては**「正確に計算できること」自体が専門技術**でした。

そろばんを自在に使える人は、“計算の職人”です。
現代でいえば、Excelの関数を使いこなすデータ分析者や、プログラマーのような存在でした。


中国の珠算士、日本の算盤使い──国家が認めた実用技能

中国では唐代(7〜10世紀)から珠算の原型が生まれ、明代(14〜17世紀)には**珠算術(そろばん術)**として体系化されました。
徴税・会計・貿易・軍需管理などで重宝され、官僚登用試験(科挙)にも計算問題が含まれるようになります。
つまり、そろばんの技術は国家レベルの行政運営を支える実務能力として認められていたのです。

一方、日本では江戸時代に**「和算」**という独自の数学文化が発展。
そろばんはその中で最も身近な計算道具として普及しました。

  • 商人や両替商にとっての必須スキル

  • 農村の寺子屋で教える実用科目

  • 明治以降、正式な学校教育科目として定着

「読み・書き・そろばん」という言葉が象徴するように、
計算力は社会で働くための“共通言語”だったのです。


暗算・珠算という“身体に宿る数学”

そろばん文化の中で発展したのが、**暗算(珠算)**の技法です。
これは、実際のそろばんがなくても、頭の中で珠の位置をイメージし、手の動きを思い浮かべて計算する方法。

  • 目に見えないそろばんを“心の中”に描いて動かす

  • 指の感覚と視覚イメージを結びつけて計算する

こうした訓練により、そろばんは「道具を使わない数学」へと進化しました。
もはや単なる器具の操作ではなく、身体と脳が一体となった知的スキルだったのです。

今日でも珠算競技では、驚くほどの速度と精度で計算する“暗算の達人”が存在します。
そろばんは、数字を扱う力を身体感覚にまで浸透させた文化的成果といえるでしょう。


計算力が格差を生む時代

そろばんを扱えるかどうかは、その人の社会的な可能性を大きく左右しました。

  • 識字と計算ができれば、役所・商家・金融業などに就職できた

  • できなければ、肉体労働など限られた職しか選べなかった

そのため、寺子屋や藩校では「読み・書き・そろばん」が最重要の三科目とされました。
計算力とは、すなわち“社会で生き抜くための道具”だったのです。


そろばんは、単に計算を速くする道具ではありませんでした。
人間が「考える」「理解する」仕組みそのものに影響を与える──
つまり、**思考を外に引き出す“認知の装置”**でもあったのです。

次章では、この「そろばんが思考を拡張する道具だった」というテーマを、
脳科学・認知科学の視点からさらに掘り下げていきます。


第4章|道具が“考える力”を拡張する──認知技術としてのそろばん


計算は“脳だけ”でするものじゃない

私たちは「計算=頭の中で行うもの」と考えがちです。
しかし、そろばんが使われていた時代、人々は少し違う発想を持っていました。

考えごとは“外に出す”ことで、より正確に、より速くなる。

この視点こそ、そろばんという道具の本質です。


「見る」「動かす」「理解する」が一体になった仕組み

そろばんは、単に数字を記録するための道具ではありません。
目で数の形を見て、手で数の変化を操作する──。
この一連の動きが、計算という行為を視覚的かつ身体的に整理してくれます。

  • 繰り上がり/繰り下がりが“動き”として理解できる

  • 計算の途中経過が“目に見える形”で残る

  • 手のリズムが“計算手順”を自然に導く

つまり、そろばんは「思考の地図」であり、「手順書」であり、同時に「記憶を支える外部装置」でもありました。
このように、そろばんは“考える行為”そのものを整理し、支援する装置だったのです。


道具が“知能”を支えるという発想

このように人の思考を助ける道具を、現代の心理学・認知科学では**「認知技術(Cognitive Technology)」**と呼びます。
認知技術とは、「人の頭の外に思考の一部を置き、知的作業を助ける仕組み」を指す言葉です。

たとえば──

  • 紙と鉛筆で考えを整理する

  • 図や表で関係性を“見える化”する

  • チェス盤で戦略を“空間的に構築”する

そして、そろばんもその一つです。
人間の知能は、こうした道具によって“外側に拡張”されてきました。
私たちは道具を使うことで、脳だけでは処理しきれない複雑な問題を扱えるようになったのです。


そろばんは「思考を可視化する装置」だった

そろばんを使うと、計算の途中経過が常に目に見える状態になります。
それによって、誤りに気づきやすく、理解もしやすくなります。

たとえば──

  • 計算ミスが視覚的に発見できる

  • 数字の増減を形の変化として捉えられる

  • 頭の中の負荷(ワーキングメモリ)を道具に分担できる

このような“見える計算”の構造は、現代のUI/UX設計や**認知負荷(Cognitive Load)**理論にも通じる考え方です。
つまり、そろばんは「人がどうすれば間違えずに、スムーズに考えられるか」を形にした道具だったとも言えます。


計算だけじゃない、思考そのものが変わった

そろばんは、単に“計算を速くするための器具”ではありませんでした。
それ以上に、**「どう考えるか」**という思考の仕組みそのものを変える力を持っていたのです。

  • 複雑な手順を、視覚と動作で整理する

  • 計算のルールを“外に出して操作する”

  • 思考の過程を、目と手で追えるようにする

人類は、そろばんを通して“考えるとは何か”を少しずつ理解していきました。
道具を使うことが、知能の延長線上にあるという感覚。
それが、そろばんが残した最も大きな遺産だったのかもしれません。


次章では、そろばんがどのようにアナログ計算機の原型となり、
やがて**コンピュータという“思考する機械”**へと受け継がれていったのかを探っていきます。
人間の手と脳が生み出したこの「認知技術の進化」を、歴史の流れの中で見ていきましょう。


第5章|まとめ:そろばんは「最古のアナログ計算機」の一つだった


数を“動かす”という発想が、文明を進めた

人類は、数を「記録し」「整理し」「抽象化」することで文明を築いてきました。
その中で、そろばんの登場はひとつの転換点となりました。

そろばんは、数を“書く”でも“読む”でもなく──
数を“動かす”という新しい発想をもたらしました。

珠を動かすという行為は、数字を抽象的な記号として扱うだけでなく、
それを目で見て、手で操作し、結果を理解するという“行動としての思考”を可能にしました。
この発想は、人間の思考と道具の関係に新たな段階をもたらしたのです。


そろばんは「考える道具」であり「働く道具」だった

そろばんは単なる計算器具ではありません。
それは、人間の思考を支える作業のパートナーでした。

  • 頭の中の計算を外に出し、目で追うことができる

  • 手の動きが、計算の順序や流れを自然に導く

  • 記憶や集中力の一部を“道具”に預けることができる

このような性質は、今日のあらゆる**情報処理ツール(電卓・パソコン・アプリ)**にも共通しています。
そろばんは、思考のプロセスを目に見える形で整理した、初期の「知的インターフェース」といえるでしょう。


電卓もコンピュータも、“発想の構造”はそろばんに通じている

電卓はボタン、コンピュータはビットという単位を使って計算します。
一見まったく異なる仕組みのように思えますが、その根本には共通の考え方があります。

「桁ごとに値を保持し、位置で意味を持たせ、順序に従って演算する」

この“位置と順序の論理”は、すでにそろばんに備わっていました。
もちろん、そろばんが直接コンピュータの原型というわけではありません。
しかし、「情報を構造化して処理する」という発想の原点として見れば、
そろばんは現代の計算技術と思想的な共通点を持っているといえるでしょう。


“人が考える”とは、“道具と一緒に考える”ということ

最後に、そろばんの意義をもう一度振り返ります。

そろばんは、単に「考えることを助ける道具」ではなく、
**「考えるという行為そのものを形にした道具」**でした。

  • 複雑な記憶を外に出し、思考を軽くする

  • 手と目で確認しながら、思考の順序を整理する

  • 結果をすぐに“見て理解する”ことができる

これらの構造は、現代のスマートフォンやパソコンのUI(ユーザーインターフェース)設計にも通じます。
そろばんは、人と情報、思考と操作をつなぐ“認知的な橋渡し”を、何百年も前に実現していたのです。


そろばんは「知能のパートナー」の先駆けだった

道具は、人間の知能そのものを拡張できる。
そろばんは、そのことを早い段階で示した貴重な存在でした。

人が手を動かしながら考えるという体験は、
思考を抽象化し、構造化し、共有するための第一歩でした。

そう考えると、そろばんは単なる“古い計算道具”ではなく、
「人が道具と協働して思考する文化」を最初に形にした知的技術のひとつだったのです。


▶次に読みたい記事 「数と計算の進化」④筆算の歴史と仕組み──アナログから紙へ、計算が技術になった瞬間


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